地域・観光型MaaS「EeeE銚子」 スマホひとつで楽しむ新しい移動サービスのかたち
地域・観光型MaaS「EeeE銚子」
スマホひとつで楽しむ新しい移動サービスのかたち
2024.09.26

近年、スマホひとつで自由に移動できる新たなサービス「MaaS(マース)」に対する関心が高まっている。これは人々の移動をより最適に整えていこうとする考え方であり、JR東日本でも自治体や他事業者と連携したMaaSをさまざまなエリアで進めている。その取り組みの一例を紹介しよう。

シームレスでストレスフリーな移動を実現するために

MaaSとは「Mobility as a Service」の頭文字をとった略称で、直訳すると「サービスとしての移動」となるが、あらゆるモビリティ(移動)をひとつのサービスとして統合することだ。それは、鉄道や飛行機、バス、船、タクシー、シェアカー、シェアサイクルなど、人々のニーズに対応した移動を一括して検索・予約・決済まで行うサービスの概念である。

JR東日本のマーケティング本部 戦略・プラットフォーム部門 MaaSユニットの小林広宜マネージャーと佐藤翔平さんが教えてくれた。

東日本旅客鉄道株式会社
マーケティング本部 戦略・プラットフォーム部門 MaaSユニット
左からマネージャーの小林広宜さん、佐藤翔平さん

小林MaaSは交通サービスの新しい試みで、2016年にフィンランドでWhim(ウィム)として試行し、注目を集めるようになりました。MaaSとは、簡単にいえば交通利用者の悩みを解決するサービスで、そこから持続可能な社会を構築するための新しいライフスタイルを創出していくというものです。

当社では、MaaSの概念が日本で定着する前から、JR東日本が構築するMaaSプラットフォームを「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム(MLP)」と呼び、移動のための検索・手配・決済をお客さまにオールインワンで提供しようという取り組みを進めています。

2014年には無料で使える鉄道情報アプリ「JR東日本アプリ」をスタートしました。当初は列車の走行位置や運行情報の提供がメインでしたが、2020年からは列車の遅れなども分かるリアルタイム経路検索のサービスを加え、駅や列車の混雑状況提供のほか、他の鉄道事業者や航空会社との連携も進め、リニューアルを重ねながら多くの情報を扱うようになっています。今では「検索・予約・決済」というMaaSの基本サービスを連携する、JR東日本グループの主要な役割を果たすMaaSアプリとなっています。

「MaaSの推進のためには、事業者の枠組みを超えた連携も欠かせません」と小林広宜マネージャー

「JR東日本アプリ」によって首都圏を中心とする都市内や都市間移動は便利になったが、JR東日本が事業展開するエリアは東北から甲信越まで広範囲におよび、少子高齢化による人口減少や地域交通の担い手不足などで、公共交通の維持が困難な地域も出てきている。MaaSはこうした地域活性化にも有効なツールになりうるという。

佐藤(翔)当社では2024年7月現在、17カ所で地域・観光型MaaSを展開しており、それらの基幹技術として採用しているプラットフォームを「Tabi-CONNECT」と呼んでいます。

「Tabi-CONNECT」は、観光・グルメ・ショッピング情報やモデルコースの紹介、選択したモデルコースに基づいた最適な経路検索などの機能をはじめ、駅を降りた先の二次交通や観光施設などの電子チケットも購入できる旅のポータルサイトです。

共通したシステムを使うことで、私たちとしてもコストダウンや作業時間の短縮にもなります。多くの機能がCMS(コンテンツ管理システム)に対応しているため、運営サイドの担当者のデジタル知識やシステム経験の有無はあまり関係なくサービスが実現できるので、多地域で展開しやすくなるんです。

「Tabi-CONNECTは、誰もが使いやすいようにWebサービスとしました。アプリではないのでインストールの必要もありません」と佐藤翔平さん
JR東日本が展開する地域・観光型MaaS

さらに、地域・観光型MaaSを展開するにあたり、地域によっては駅を降りてからの二次交通に課題を抱えていたため、新しいモビリティの運行を開始した。

小林「よぶのる角館」のサービス名でオンデマンド交通を運行しています。これは、乗りたい時間に行きたい場所まで利用できる新たなモビリティで、お客さまからの予約に合わせて運行する乗合交通サービスです。

観光利用だけでなく、地域にお住まいの方々の普段の生活にも便利な移動サービスを提供したいと考えています。

駅社員が発案し、立ち上げた「EeeE銚子」

2023年8月、「Tabi-CONNECT」を利用した地域・観光型MaaS「EeeE銚子」が、銚子エリアでスタートした。JR東日本千葉支社管内では初の地域・観光型MaaSだ。その立ち上げについて、小島慎一朗銚子駅長、吉川香絵副長、佐藤竜太さんが教えてくれた。

東日本旅客鉄道株式会社
千葉支社 成田統括センター
左から副長の吉川香絵さん、駅長の小島慎一朗さん、佐藤竜太さん

小島「EeeE銚子」は銚子駅の社員が構想を練り、皆で協力して作り上げました。お客さまを迎える駅係員たちが、お客さまの楽しみ方を想像しながら、銚子の旅に便利なツールとして開発したのです。

銚子駅長として就任した2022年当時はコロナが収束に向かい、激減したお客さまをどのように増やしていこうかと考えていた時期で、とにかくお客さまに銚子に来ていただきたいと、いろいろなイベントを企画していました。ここにMaaSというツールが加われば、PRする要素がひとつ増えるのでは、という思いもありました。

「『EeeE銚子』というユニークなネーミングにも、銚子らしさが表現されています」と小島慎一朗駅長

はじめは数名の駅係員でアイデアを出し合っていたが、正式にMaaSプロジェクトがスタートするとほかの駅係員や乗務員、さらには成田統括センターの社員も加わって、「EeeE銚子」が構築されていった。
銚子駅で駅係員として日々奮闘する佐藤竜太さんもプロジェクトメンバーのひとりだ。

佐藤(竜)銚子市をはじめとする自治体や関係事業者との交渉や調整も私たち駅係員が行いました。私の場合、ふだんは駅業務や信号業務に携わっていますが、業務の合間の時間を使いながらMaaSに関する調整等を進めたのですが、慣れない作業も多く苦労しました。

「自分たちの手で情報を更新しますが、システムを触るのも初めてだったので操作に慣れるまでは大変でした」と佐藤竜太さん

幸いにも銚子市、さらに銚子電鉄をはじめ関係事業者の協力もスムーズに得られ、具体的な取りまとめへと進んだという。

「EeeE銚子」の立ち上げのサポート役として尽力した成田統括センターのエリアオフィスに所属する吉川香絵さんが舞台裏を教えてくれた。

吉川銚子は「北総四都市江戸紀行」として日本遺産に認定されている地域のひとつです。銚子駅のメンバーからMaaSの企画を提案されたとき、日本遺産に認定されたエリアをPRしていく大きなチャンスになると考え、千葉支社に掛け合って本格的にプロジェクトを立ち上げました。

銚子は銚子電鉄をはじめ公共バスなどの二次交通も整備されていますので、実現に向けて動きやすいエリアだったという側面もあります。

「『EeeE銚子』の4つのEは、銚子に加え、佐倉、成田、佐原の北総四都市に拡大していきたいという想いを込めています」と吉川香絵副長

「EeeE銚子」というユニークな名称も企画メンバーが意見を出し合って、早い段階で決まったという。

吉川銚子に来ていただいたお客さまが、銚子を満喫し、気分を上げて「いい調子」になってほしいという願いを込めています。「スマホから始まる運気上昇の旅」というキャッチコピーも、そこから発案しました。

ロゴもこだわりが詰まっています。「EeeE」は大文字と小文字を使い分け、「MaaS」の字面をほうふつさせるものとしました。「E」は灯台の光と波、「e」は魚(金目鯛)をあしらい、ロゴ全体で銚子を表現、小文字のeとeの間にデザインを施すことでにっこり笑っているマークに見えるように工夫しました。

ロゴ
パンフレット

プロモーションも外注ではなく、社員自ら手掛けてきた。
千葉支社のYouTube公式チャンネルで話題となっている動画は、小島駅長がシナリオを考案し、JR社員が出演した。
撮影と編集は動画の制作が得意という銚子市の職員が協力してくれた。また、作品には銚子電鉄社員もゲスト出演してくれ、皆の思いで作られたものだ。

佐藤(竜)一人でも多くのお客さまに「EeeE銚子」を使っていただきたいとの思いから、駅係員と乗務員が交代で東京から銚子へ向かう特急「しおさい」などに添乗して、「EeeE銚子」をご案内することもあります。

2024年1月1日には臨時列車の特急「犬吠初日の出」号にも添乗しました。「犬吠初日の出」号を利用されるお客さまは銚子駅到着後、すぐに銚子電鉄に乗り換えて犬吠埼灯台最寄りの犬吠駅をめざされますが、銚子電鉄のきっぷは、銚子電鉄の車内で現金で購入しなければなりません。

そこで「EeeE銚子」で購入できる銚子電鉄の1日乗車券「Beica(ベイカ)」をご案内したのですが、お客さまだけでなく、銚子電鉄の方からも「きっぷの検札が楽になり、スムーズに運行することができた」と喜んでいただけました。

銚子電鉄が1日乗り放題の「Beica」は「EeeE銚子」で購入できる電子チケット
きっぷの購入画面を車掌に見せればOK(※写真はイメージです。実際の画面とは異なります)

ちなみに銚子電鉄が1日乗り放題となる電子チケット「Beica」のネーミングは、銚子電鉄の主力商品「ぬれ煎餅」(米菓)と、交通系ICカード「Suica」をミックスした名称。「EeeE銚子」に通じる個性的なネーミングで、銚子らしさが満載だ。

サービス開始1年を記念して、「EeeE銚子」は新たなステージへ。銚子のおいしいグルメやお土産などを、スマホから事前に予約・決済をすることで旅先の銚子駅で簡単に受け取れるサービス「しおさいモバイルオーダー」をスタートした。

佐藤(竜)日付限定の受け取りという形でスタートしますが、今後の目標は「しおさいモバイルオーダー」を軌道にのせ、継続的にサービスを展開することです。より多くのお客さまに、東京行きの特急「しおさい」で銚子のグルメを味わってもらいたいですね。

しおさいモバイルオーダーで購入できる「いいちょうしDooooN!!」2,000円(税込)。銚子港で水揚げされた旬の地魚7~8種類が豪快に盛られているどんぶり。地元の人気店、さかな料理 礁(いくり)が提供する
「チョウシ グッド・ビールカフェ」名物の銚子港で獲れたフィッシュ&チップスと、銚子で醸造した銚子ビール(缶1本)のセットは1,600円(税込)

小島銚子にはダイナミックな自然、おいしい食べ物、歴史ある町並みなど、たくさんの魅力があります。
「EeeE銚子」の情報などを活用しながら、自由にゆっくりと回っていただき、自分だけのお気に入りを見つけていただくこと、これが銚子の楽しみ方としておすすめです。旅をした後には、"いい調子"になっていただきたいですね(笑)。

JR東日本のめざす「地域・観光型MaaS」は、こうして地域の活性化をはかり、旅人にとっても新たな発見の喜びを与えてくれるツールになりそうだ。

  • 文/松本典久
  • 写真/岩堀和彦
    木田慎一(交通新聞クリエイト)
  • 取材協力/JR東日本
    銚子電鉄
  • ※内容は2024年8月現在のものです。